東日本大震災
気仙沼市唐桑地区支援活動
報徳二宮神社(小田原市)では早馬神社(気仙沼市唐桑)と連携して被災した
唐桑地区の復興支援のお手伝いをしています。
みなさまのご支援とご協力をお願い申し上げます!
唐桑地区の復興支援のお手伝いをしています。
みなさまのご支援とご協力をお願い申し上げます!
報徳二宮神社は宮城県気仙沼市唐桑地区の被災者の方々の応援を行っています。
[支援の経緯]平成23年4月
当社においては戦後最大と言われるこの災害にあたり、被災された地域の皆さまが一日も早く元の生活に戻れるように、日本赤十字社への寄付とは別に、「報徳」と「神社」を通じて友好関係にある宮城県気仙沼市唐桑地区の早馬神社と連携をしながら、被災地域の方々に対して継続的に現地が求める的確な支援を行なえるよう活動しております。
当社においては戦後最大と言われるこの災害にあたり、被災された地域の皆さまが一日も早く元の生活に戻れるように、日本赤十字社への寄付とは別に、「報徳」と「神社」を通じて友好関係にある宮城県気仙沼市唐桑地区の早馬神社と連携をしながら、被災地域の方々に対して継続的に現地が求める的確な支援を行なえるよう活動しております。
[復興の概要と指針]
被災された唐桑地域の再興にあたり、国や市町村がこの地域に行う復興計画の進捗状況にあわせながら、行政だけでは及ばない事項を中心に、倒壊せずに残った早馬神社(梶原忠利宮司)を起点として、その都度、被災住民が困っている事について、連携する報徳二宮神社(小田原市)は現地をバックアップするためのお手伝い(現地の復興状況などを伝える広報活動や復興支援資金を集めるお手伝い、企画立案の補助等々)をしながら、ご賛同いただける多くの方への橋渡し役として、2年間を目途として、復興(経済的自立)に向けた地域にお金が生まれる経済活動の支援を主な指針として、物心両面からできる限りの援助をしてております。
被災された唐桑地域の再興にあたり、国や市町村がこの地域に行う復興計画の進捗状況にあわせながら、行政だけでは及ばない事項を中心に、倒壊せずに残った早馬神社(梶原忠利宮司)を起点として、その都度、被災住民が困っている事について、連携する報徳二宮神社(小田原市)は現地をバックアップするためのお手伝い(現地の復興状況などを伝える広報活動や復興支援資金を集めるお手伝い、企画立案の補助等々)をしながら、ご賛同いただける多くの方への橋渡し役として、2年間を目途として、復興(経済的自立)に向けた地域にお金が生まれる経済活動の支援を主な指針として、物心両面からできる限りの援助をしてております。
報徳二宮神社は、現在、気仙沼市唐桑地区復興支援協同体の一員として活動を行っております。
気仙沼市唐桑地区復興支援協同体
報徳二宮神社と早馬神社が連携して行ってまいりました支援活動は、平成23年5月より、JF宮城県漁業協同組合唐桑支所を中心とした「気仙沼市唐桑地区復興支援協同体」として正式に発足をいたしました。現在は現地の観光協会をはじめ地域のみなさんの協力により復興へ向けた活動が行われています。現在、支援活動報告はこちらのサイトに移行しております。
今後もご支援をよろしくお願い申しあげます。
今後もご支援をよろしくお願い申しあげます。
宮城県気仙沼市唐桑地区
今回当社が支援している唐桑地区は、気仙沼市街の東方に位置する主に唐桑半島一帯を指す地域です。気仙沼 郊外にあたるこの一帯は漁業を中心に発展した町であり、震災前までは風光明媚な町の、のどかな風景が広がって いた地域でありました。
早馬神社(はやまじんじゃ)
この半島の入口にある地域の氏神でもある早馬神社は建保五年(1217年)に梶原景實により創建された、古来より「早馬さん」「権現様」と称されながら、地域の心の拠り所として広く厚く信仰されている神社なのです。
唐桑地区の現状(平成23年4月1日現在)
そんな、のどかな町は今回の震災による津波で大きな被害を受けました。早馬神社が鎮座する宿浦エリアでは早馬 神社周辺の家屋は全て全壊し、ここには現在神社を守る梶原家以外、全て避難所等で生活をしています。また他の唐桑地区内においても、高台にあるわずかな集落以外、只越地区をはじめ海沿いにある、多くの集落がほぼ壊滅し、あたり一帯がガレキの山と化した無残な光景が広がっ ています。気仙沼市においても急ピッチで懸命な復旧作業が続けられておりますが、大規模火災が発生した市街地をはじめ、復旧作業にあたる地域が大きく、唐桑地区の復旧作業も遅れ気味となることも予想されます。
*4月1日現在、唐桑では750名の方が避難所での生活をしています。